December 7, 2019

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自分の立ち位置

December 7, 2019

はぁーまた随分と空いてしまいました。
書こうと思うことが出来るまで書かないと思っていたのですが、そうすると中々書かなくなりますね笑

最近ふと思うのは、自分ってどんな立ち位置に見えているのかなぁって。
お仕事させて頂いてる方や、自分の楽曲を聴いて頂いてる方には、
経歴的には音大作曲出ててお堅い勉強し...

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楽器の音色の考察

December 26, 2017

西洋音楽において、
例えば、ドレミを音楽として書く場合。
どの楽器にするか、どういう音色にするか。
選択肢がたくさんありますよね。
弦楽器なのか、木管楽器なのか、とか。
今となってはそんな事は当たり前ですが、当たり前ではなかった時代ももちろんありました。

1番音楽を奏するのに簡単なのは、勿論、声でした。
声を中心に作曲法の基盤が作られて来ました。
故に声部、だと思っています。
そして、徐々に声と同じようにメロディを奏することが出来るくらいにまで旋律楽器が発達して来ました。
そうなると、楽器のみでのアンサンブルが可能になってきます。
ここでようやく器楽曲というジャンルが出てくるわけですね。

ジョヴァンニ・ガブリエリという作曲家が、初めて器楽曲のみの曲を作りました。
まだこの時点では、音色という概念は無いように思います。

楽譜にも楽器の指定は無く、あったとしてもその音域が演奏できる楽器が重要視されました。

ちなみに初めて器楽曲が出てきたとかなんだか想像するとショボそうな音楽になりそうですが、実際聞くとすでにかなり立派な感じがします。

最もそれも当時の楽器だとまた鳴り方がどうだったのかというのはありますが。


そしてその後に、モンテヴェルディという作曲家が、徐々に楽器の指示を出すようになります。
彼はピチカートやトレモロといった奏法の指示を出すようになりました。
今では当たり前の事でも、そうではない時代があったわけなんですね〜。
トレモロにしても1回で弾ききれるものをなぜ連続しなければならないのか、と反発を食らったようです。
この事からも、音色に関してはまだ世間は無頓着であったということが伺えます。
まあ、今の僕たちの時代はベートーベンのシンフォニーとかマーラーのシンフォニーとか大変複雑化した器楽曲を当たり前のように聞ける時代の上で音楽を作っているわけですから、
そんな音楽が無い時代という事を想像すると、なんとなく分かる気がします。
そうして音色という意識が出てくると、
当時の最初期オーケストラに、様々な楽器を違う音色を表現出来る楽器として、時代と共に徐々に放り込んでいったわけです。
それが、木管楽器、金管楽器、打楽器ですね。

近代くらいまで来るとピアノなんかも入っちゃうしね。


初期の木管金管は今のようなほぼ何でも出来るような改良された形ではなく、様々な制約がありました。

そうして楽器もほとんどの楽器がクロマティックに演奏も出来るようになったり改良が加えられて来て、今のオーケストラの形がスタンダードとして定着したわけという事ですね。

今はそれに加えてエレキギター、シンセなんかの電子楽器もありますし、

シンセなんかほぼ無限に音色が作れますし、

世界中の楽器の情報が簡単に手に入るので、

音色の違いという所にあえて意識が向く、という意識は当たり前のようはあっても新しい音に対しての新鮮感みたいなのは、逆に少ないのではないでしょうか。

当時のベートーベンやらの時代は当然電子楽器は無かったわけで、

もしその時代にあったとしたら、スタンダードになるかは分かりませんが絶対に試して放り込んでると思っていますし、

今みたいに世界中の情報がすぐに手に入るのであれば、やはり試していたと自分は思います。

まあ、それでも今日のスタンダードな楽器はそれとして非常に使いやすく効果があるので、便利な所ではあるのですが。

 

話は戻りますが、今日において、ドレミを音楽として書く場合。
どの楽器にするか、どういう音色にするか、

という所はそういった新鮮感を忘れないような、そんなイメージは大切にしたいなと思います。

 



 

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